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月は遠くから地球で起こっていることを眺めている。薄い雲を通して、ぼんやりと地面を照らしている。
ランドはボブくんの部屋にいる。今日はクリスマスだ。ボブくんの願いは受理され、ハンバーガーが贈られることになった。心底から哀願する両親の不仲に付く事は聞き入れられず、そのままである。
流石の夫婦もクリスマスに子供の前で口論することはなかった。夫はボブ君が夕食を済ませた後になって家に到着し、本日がクリスマスだからと云って、帰り道で買ったケーキを冷蔵庫に入れ、翌日の約束事を果たすため、準備に取り掛かった。この親父は子育てに興味がない。家のことは女に任せておけば宜しいと考えている。ケーキを買ったのは自分の胃袋を満足させるためだ。他にプレゼントは準備していない。自分が食べた後の残りが家族への贈り物としてちょうど良いと考えている。全部食べられてしまうことはないので、先に手をつけられても文句は言わない。腹が立つのは、妻から、クリスマスなんだから早く帰ってきてほしいと要求されることである。そんな時には大人気もなく、妻の言う事を無視したくなる。クリスマスだからこそ、家に帰れないという事情を理解できない人に何を説明しても無駄という気持ちになるのだ。大会社が念入りに作った広告を見て、これが家族のあるべき姿、と想像するのは間抜けだと、今までに何度も言ってきた。でも、伝わらない。
妻はというと、夫はもっと家事に関心を持って然るべきと考えている。だから、夫の家族を省みない仕事の取り組み方にはとてもうんざりしている。家族の精神を疲弊させるやり方は間違っているし、その人物が為すことは、よしんば会社から賞賛されたとしても、所詮は偽善に過ぎず、更には誰をも不幸にするとさえ思っている。見栄っ張りな性分がゆえ、家で静かにしていることが出来ず、子どもが成長するにつれて自分も再び外に出て大活躍したいと考える。不断目にする広告を真に受け、促されるままにあらゆる物を入手したくなる。大会社が創り出したdecoyに自分の感情を移入する。そして、少しずつ自分を失い、虚しくなり、decoyに与えてしまった自分の精神を取り戻すべく、苦しい家計を少しでも良くするためと云う大義名分の下、外へ出て働き始める。収入はまずまずだが、経済力が弱く、自分が欲しいと思う物は少し無理をしてやっと手の届く所にある。けれど、念願の品物を入手したとして、使用する期間は一瞬で、すぐに不用品として扱うことになる。夫の稼ぎも、自分の稼ぎも、間もなく消えてしまう。何をしてもどこかが物足りない。
ランドは袋の中からハンバーガーの包みを取り出し、広げ、中身をボブ君の枕元に置く。そしてすぐに消え去る。回るところが他にまだまだあって、一人の子供とじっくり対峙している余裕はない。跡のことは仲間に任せて宜しい。
ボブ君は寝呆けながら起き上がり、枕元にあるハンバーガーを手に取り、口へ運ぶ。ケチャップと肉の味が口一杯に広がる。今日はクリスマスだが、父親がいつもより早く帰ってくるとは期待していなかった。毎年、自分が寝室へ向かうころになって、やっと家に戻ってくる。クリスマスに催事をするのが嫌なのかと思ってしまうほどだ。ケーキ以外のプレゼントを貰った事は、母親からならあるが、父親からは一度もない。母親は、欲しいと伝えたものを準備してくれる。一番嬉しかったのは、数学の問題集で、予め出版社名まで記した紙を渡しておいたら、そのまま買って来てくれた。その時から、勉強するための参考書については特別な日に要求するまでもなく、いつでも手に入るようになった。しかし有難く感じたのは初めのころだけで、当然のごとく入手できることがわかると、何も思わなくなった。学校での成績は中の下くらいを維持している。簡単なテストで点数を稼いだところで何にもならないと考えており、試験中には分かっていても解かず、時には意図して間違える。全力で取り組んでも学年で一番になるのは難しい。それなら上から二番目と下から二番目とではどれだけの違いがあるのだろうか、と思ってしまうのだ。担任の先生からは、やればできる良い子、と思われている。学校の先生は、良い子を相手するほど暇でなく、雑務を適宜処理する事に忙しい。自宅の環境が劣悪な子供ほど、構ってほしくて学校で問題を起こす。その子の親は只でさえ日常から生じた債務をコントロールできていないのに、学校で自分の子が然るべく主張したことの責を受けることなど出来るはずもなく、学校を非難する。親すら学校に構ってもらいたいのだ。
ボブ君は、父親からプレゼントを貰ったことがないけれど、クリスマスケーキを買って来てくれるがゆえ、父親は一定の役割を果たしていると思っている。いつも帰ったら酒を飲んでばかりいるが、少しは自分を気にかけていると感じる。父親が自分の食欲を満足させるためにお菓子を買って来るのだとは、つゆほども思わない。たとえ本人から直接事の真相を明かされても、認めない。自分の父親は今より家庭を良くしたいから、わざわざ寄り道してケーキを取ってくるのだと考えないわけにはいかない。たまに言われるのは、学校で勉強したことは社会に出たら役に立たないので、取り組んでいて面白くないならやらなくて宜しい、ということである。ボブ君は父親の言い付けを守り、学校でつまらない課題をやるよう指示された時には、周囲に迷惑をかけない範囲で手間を省く。将来は建築工事について学びたいと考えている。しかしながら、これから何を学ぶにしたところで、数字を扱うことは大切になるはずという発想によって、今は数学ばかり勉強している。といって、テストで満点を取ることは容易いが、その役割は他の人に譲り、自分は平均より少し下の成績を保つよう心掛けている。体育の徒競走でも決して全力疾走せず、余力を残して走り切る。友達を勝たせた方が面白いからだ。
ボブ君はハンバーガーに噛りつく。そしてすぐに食べ終えてしまう。おいしかった。

太郎君は夢をみている。明るく広いステージの上でマイクを握っている。黒色のブーツ、皮のパンツを着用している。上半身は裸である。髪は金色に染まり、肩まで伸びている。
目の前には大勢の観客がいる。みんな黒いΤシャツを着ている。長髪の男性が多い。ステージの両端にはエレキギターを肩に掛けた人がいる。背後にはドラムセットを隔てた向こう側にドラマーがいる。
どこからともなく大きな音が流れる。何の音なのかはよくわからないが、観客は盛り上がっている。ギターリストはミネラルウォーターを飲んでいる。彼の髪は金色で長い。太郎君はこのギターリストを見て目を輝かせている。ファンなのだ。
そして、イントロが終わり、太郎君はマイクを口元へ近づける。以下、歌詞である。
ーーーーー
僕は、タロー。
今日は、Childeren, Osborne.
願い事、叶ったのさ、クリスマスの夜。
星とお月、輝く。
空に高く、架かる。
《同じメロディー》偉大なる大人。
わかってるなら、言ってくれ。
理科と社会が得意、
それバランス悪くない?
数学と国語やれと、
その方がお得じゃない?
コンピューターなんていいから、
外で遊ばせて、yeah.
《ギターソロ》
Oh,タロー・オズボーン。
気違いになる。
それとも救世主なのか。
神のみぞ知る。
秘密ごとは、やめてくれ。
子供扱い、よしとくれ。
《間奏》
その靴見てくれ、すっかり流行遅れ。
君の知恵、僕に恵んでくれ、yeah.
《ギターソロ》Fin.
ーーーーー
曲が終わり、ステージは静かになる。次は何の曲にしようか、太郎君は考える。自分は英語を話せないので、メンバーと相談するわけにいかない。
すると、エレキギターの音が鳴る。
いや、まだ用意できてないし、と太郎君は慌てる。
けれど、ドラムとベースギターが演奏に加わることはない。そのうちに演奏は止む。
知っている曲のイントロが流れる。太郎君はマイクを握り締める。
ーーーーー
曲名「こうなりゃ天国」

昨日は、曇り空。
この後は、晴れなのか、雨なのか。
僕らは、夢の中。
時間は、進んだのか、過ぎたのか。
《サビ》こうなりゃ、天国、だっちゃ。
もう逢えない、戻らない。
いつの日にか、きっと僕ら、光の中。
《メロディー》こうもりに、噛みついて、
病院に、運ばれて、点滴。
もうすっかり、気違い。
お酒飲み、お薬、そして入院。
《サビ》こうなりゃ、天国、だっちゃ。
もう逢えない、戻らない。
いつの日にか、きっと僕ら、光の中。
《ギターソロ》
忘れるための酒、君との思い出、眩し過ぎて。
時々感じる、優しい声、風に乗って。
《サビ》こうなりゃ、天国、だっちゃ。
もう逢えない、戻らない。
いつの日にか、きっと僕ら、光の中。
fin.
ーーーーー
太郎君はメンバーと握手し、観客にお礼を言ってステージ脇へ向かう。とても素晴らしいクリスマスであった。

奈々はすっかり大人になっている。幼い頃から怠ることなく勉学し、適度に遊び、無事社会に出た。ビジネスで成功し、強大な経済力を身に付けている。ロレックスとは云わず、もっと高価な品物を容易く入手できるほどになっている。はじめにロレックスを入手したのは大学入学時で、母から贈られた。想像していたよりも軽く、肌に馴染む着け心地だった。あとからも手に入れる機会があり、今では五本持っている。特別好いているわけではないが、縁があって手に入れてしまう。不断身につけることはなく、五本中四本は新品同様である。時間に追われながら忙しく仕事していた頃はよく着けていたが、生活スタイルが変化するにつれ、徐々に使わなくなった。
現在は、会社名義で借りている部屋で生活している。
半年に一度は家族と共に海外へ旅行に出かける。見聞を深めるために、たまには母国から飛び出すのだ。本屋を見て回り、面白そうな書籍を見つけ次第入手する。どこの国へ行ってもやることはほとんど変わらない。地図を買い、新聞を読み、日記をつける。観光客が向かうような場所へは行かず、ホテルの近辺で時間を過ごす。自炊できないので食事はほとんど部屋の外で摂ることになり、それだけでも十分に新しい出来事を体験できる。あるいは、旅行者向けにきっちりと順路が整備されている道を辿らずに済むため、本国の雰囲気を冷静に観察できる。
奈々は今休暇中で、海外のホテルに滞在している。食事の時以外はほとんどホテルの外へ出ず、一人で本を読んでいる。必要な物は既に所有しているので、新しい物を買いに出掛けようとは思わない。というより、外に出たところで、欲しくなる品物が滅多ない見つからないことを彼女は自身の人生を通してよく知っている。ホテルの近くにある本屋で本を何冊か入手すると、読書以外にはほぼやる事がなくなってしまう。けれど家族、特に子供らは母のようにしていられるわけがなく、外に出たがる。母はホテルでゆっくりしていたいから、夫に対し子供に関する全権を委ね、彼らを外へ追い出す。もともと子育て熱心ではないのだ。それに、子供の成長過程において母親の役割は小学校低学年くらいで終わり、先ことは狩りの仕方を学ぶためにも父親が傍についた方が宜しい、という意見を奈々は持っている。自分が付いていると子供の為にならないから外へ出ずホテルで静かにしている、という論を展開することもある。夫に対し、子は父の背中を見て成長するものだ、と語りかける。すると夫はその気になり、意気揚々と子供を連れて外へ出て行く。彼らは夕方過ぎまで帰ってこない。奈々は静かになった部屋で一人本を読みながらビジネスについて考えを巡らせる。自分たちの事業が何であるかを分かっていれば、バランスが崩れることはない。仕事についても、家庭についても適用できる考え方だと、彼女は思っている。

男が株式投資を始めたのは社会人になってからである。
学生の頃から読書が好きで、初めは小説ばかり読んでいたのが就職活動を機に国内政治についての書籍を読むようになり、社会に出てからは経済誌と併せて大会社について書かれてある本を読むようになった。就職活動は一社受けて内定が出るとやる気をなくしてしまい、救いを求めるように元の学生生活へ戻った。日本の大学は卒業するのが易しいものだから、男は同級生と一緒のタイミングで大学を出て、順調に就職した。ところが、会社に籍を置いて給与を得るのは想像していたよりも困難で、一年目にして出勤不能になった。働く気はあったけれど能力が組織の求める最低水準に満たなかった。精神的にも経済的にも一人で生活することが困難だったので、止むを得ず実家に戻った。深く考えることなく安定を求めて役所の試験勉強を始め、しかし数ヶ月後に受けたものの筆記試験で落ち、以前にも増して自分を信じる事ができなくなった。学生のころから公務員に成りたくないと思っていたのだが、まさか一次試験すら通らないとは思っていなかったので、とてもショックであった。また、社会に出ると様々な事を経験するのは当たり前なのだが、アルバイトを始めようと思い、まず百円均一店に面接を申し込んだ。結果は不採用だった。次は古本屋に面接を申し込んだがここでも不採用、更にはスーパーに面接を申し込んだが不採用。一体何がどうなっているのか分からなくなった。テレビや新聞では人手不足が深刻と謳われているのに、アルバイトとしてですら企業に採用されないのである。世の中が間違っていると思った。しかしながら、間違っているのは自分の世間に対する認識だった、と男が気づくのは五年経ってからである。公務員、アルバイトの採用試験に落ちてからまず思ったのは、大卒という学歴が社会で働くために不要ではないか、ということだった。だから次に履歴書を作成したときには、自分は高卒であるとした。不要なことを書くと逆効果と考えた。また、社会人一年目に取得した資格についても書かないことにした。資格については、普通自動車免許とだけ書き、志望動機については多く書くことを避け、もっと単純に小学生でも思いつく事を丁寧な文字で書いた。そうして、コンビニに面接を申し込んだところ、採用された。男にとっては何よりも幸せな出来事だった。実家で養生しながら真面目に勤務していると、貯金が溜まってきて、また学生の頃のように一人暮ししたくなり、家出を決意する。隣町へ引っ越した。その頃には、地元の知り合いに己がコンビニで働いている事が広く知れ渡っていたので、少し働きにくいと感じていた。明らかにその人の生活圏内ではないのにわざわざ会いに来る者がいて、友人からすれば悪気はなかろうが、男からすれば冷やかしと思うより仕方なかった。引っ越した先には近所にスーパーがあり、時間が余っていたので、コンビニに籍を置きながら働くつもりで、面接を受けてみることにした。今度は証明写真すら貼らなかった。というのは、履歴書は当日持参であり、面接者は店長で、その人は採用に関する全権を持っていると思ったらだ。必要と言われれば、後日用意すれば間に合う。面接時に直接会った時の印象さえ良ければ通ると思った。必要でない情報は伝えない方がよろしいという考えに基づいて今まで来たのだから、問題なく活動できているうちは心掛けを変更しなくてもよいと判断した。そして通った。コンビニとスーパー、二ヶ所で働いていると、一人暮らしであっても、貯金はどうしようもなく増え続ける。しかし友人から遊びの誘いを受けても、向こうは大会社や役所勤め、さらには実家暮らしなので、話にならないだろうから、生活するのが大変過ぎてという真実を説明し、社交場には顔を出さなくなった。ついでに携帯電話の番号を変更し、友人との連絡手段を断った。たまに実家に帰ると、家族から「ちゃんと働け」と言われる。コンビニに来る知人からも「ちゃんと働け」と言われる。異口同音に、働けという言葉を浴びせられる。どんなに頑張って社会奉仕したところで、アルバイトとしてでは何をしても働いているうちに入らないのである。あるいは、仕事しているうちに入らない、と換言することもできる。だが、周りの大人に言われるまま大学まで進学し、順調に就職した末がアルバイト三連続不採用だったので、今になって他人の意見を受け入れるわけにはいかない。以前読んだ政治本に「無責任な奴の言うことは何も聞かなくていい」と云う文句が書かれてあったのを思い出し、他人の言う事を社交辞令としてすっかり聞き流すようになった。働くようになって、自分と相手との立場の関係性をいちいち考えるようになった。すると、自分の周りにいるすべての人が己の生活に対して無関係に等しいと思えるようになった。
時間が過ぎるにつれてだらだらと銀行預金が増えていくのも、何だか銀行の資産を増やすために生きているように思えて、まだましな方法はないかと資産運用について考えるようになった。そして、経済を学ぶためにも株式投資を始めるに至った。
ところが、大学を卒業した直後に辛い目に遭った時と同様、市場に参加してから一年後にして今までコツコツと増やした貯えのほとんどを失うことになった。株価の上下と共に己の精神も一緒に振動し、冷静に物事を判断することができなくなった。普段の生活でも無駄な出費が増えた。行かなくてもよい場所へ出かけ、時間を無駄に使うようになった。株式投資の恐ろしさである。おそらく株式投資を始めた直後は皆自分と同じような経験をするのではないかと、男は考えている。やはりその時にはショックだったが、まず自分の投資方法を見つめ直し、無理を省いていった。約定直後の値上がりに期待するのを止め、買ってからしばらくは値下がりするのを前提にして注文を出し、損切りと買い増しはしないと決める。すると、会社から得ている給与は以前と同水準なので、資産は少しづつ増え続け、時間が経てば投資を始めた直後くらいまでもどる。また初期の失敗から得た、無理をしないのが大事という教訓によって、男は目標を設定していない。プロの真似をするのはやめようと思ったのである。彼らは市場のルールに精通しているし、設備は万全である。だから将来の利益をある程度予測することができる。けれど、個人はプロと比べて情報量が圧倒的に不足しているし、設備は子供のおもちゃレベルだ。機関投資家の見えているところばかり真似しても上手くいくわけがない。それに、男の学力は知能指数160でなく、数ヶ月試験対策して役所の一次試験にすら通らないレベルである。機関投資家のみとは云わず、他の個人投資家が実践する成功方法を真似するわけにもいかない。であるからに、投資本の類を買ったことはない。定期的に発売される株価掲載誌を最新情報だからといって入手することはせず、人気の四季報を家に置かず、数年前に買った日経会社情報(春)を一冊だけ今でも主に使用している。ちなみに、四半期毎に発売される株価掲載誌の内で最もよく売れるのが、夏号である。情報誌は自分にとって古本で足りると知ってからは、あらゆる本を中古で入手するようになった。定価で買うのは外に出て本屋を回っているときに今読みたいと思った時で、だいたいの場合その本は政治本である。経済に関する事が主題として綴られている品物を欲しくなることはない。