&G

だんだんと暖かくなりまして、これからは植物がよく成長する時期でございます。地上からは見られませんが、地中にある根は大いに動きます。そして根が動くにつれて葉や茎も伸びます。ところで、人間にとって植物は必ずしも役に立つというわけではなく、目隠しと鑑賞用以外は雑草として処理されます。と申しますのは、法令により、自宅の植物が強風などで倒れて他人様に迷惑をかけてしまった場合には、責は植物の所有者が追わなければならないことになっているからです。訴訟について述べるまでもなく、町を歩いておりまして、ある敷地内の植物が隣地との境界を越えて枝を伸ばしている光景は、なかなかありません。家に戻って後で考えたときには、物を持つのは楽ではない、と思ってしまいます。
広い敷地を所有するのは只事ではなく、維持していくのがとても大変です。封建社会においては家臣が家事を取り締まっておりましたが、現在はそんな仕組みなどあるわけがなく家主が何もかもを決断するのが普通です。またどんなに財産を蓄えたとしても、三代先にはすっかりなくなるように、税法が整備されております。何を為すにしても当主の心掛けが建物の外観に現れるのは昔も今も変わりませんが、今の方がその傾向は著しいのではないかと思います。
さて、物を所有するのは楽ではないという考えにより、それなら持ち物を減らそうと決意したとします。上手くいくでしょうか。私は簡単でないと思います。と申しますのは、以下に述べる一例からです。ある大人が借金をして生活するのが苦しくなったとします。そうして、借金のない方が生活が楽になると気づき、この時点から債務を軽減しようと思います。けれど、必要によって生じた債務を履行するのは、本人にとって大事であるはずです。
生活苦が金銭によって生じたと考えるのは浅薄であり、もっと根本的な事を解決しなければ生活は苦しいままだと私は思います。むしろ資産を減らし、バランスシートを縮小するという方法が有効です。(とはいえ、なかなかできることではありません。)
どうしてこんなにも物を所有しにくい世間なのかな、と思ってしまいます。それとも物を所有する必要がないからこのような仕組みになっているのか、とも思ってしまいます。